ヨーロッパにおける革命

1848年のマルクスの「共産党宣言」にありますスローガン「万国のプロレタリアよ、団結せよ!」に応じるようにレーニンは革命をヨーロッパへ、そして全世界へと広げようとしました。ボリシェヴィキ革命が権力の座にとどまり発展するためには必要と考えていたのです。レーニンが特にに考えていたのは良く組織されたプロレタリアートとめざましい工業力をもったドイツでした。この一時的な必要性は、やがて世界革命という政治計画へと変わっていったのです。

1918年、ドイツ帝国とオーストリア=ハンガリーの二重帝国の軍事的敗北はヨーロッパに革命をともなう政治的現象を引き起こします。これにより革命は自然発生的に起こるように思われていました。
 
ヨーロッパにおける革命
 
ドイツ帝国の敗北と社会民主党が指導する共和国の出現は、ウルトラナショナリスト陣営のグループにおいても、ボリシェヴィキの独裁をたたえる革命派にあっても、激しい反応を見せました。
 
1918年12月ベルリンではスパルタクス団の綱領を発表したグループが独立社会民主党を去り、他の諸組織と合同でドイツ共産党(KPD)を創設。1919年1月スパルタクス団はベルリンで蜂起を企てたものの粉砕されました。1919年4月13日、ドイツ共産党の責任者の一人、オイゲン・レヴィネは銀行を国有化し、赤軍を創設し始めましたが状況は同様でした。
 
この、ミュンヘンコミューンは軍事的に粉砕され、逮捕されたレヴィネは軍法会議で裁かれ、死刑を言い渡されました。
 
次回は「ハンガリー」です。
共産主義黒書 ソ連編 はこちら→流水成道
 
参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第一部 世界革命・内戦・テロル
第一章 行動に移ったコミンテルン
ヨーロッパにおける革命
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